幽霊の正体見たり枯れ尾花

ことわざ
幽霊の正体見たり枯れ尾花(ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな)

18文字の言葉」から始まる言葉
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幽霊の正体見たり枯れ尾花 【個別】ことわざ・慣用句・四字熟語

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざ(句)を聞いたことがありますか?
「幽霊かと思ったら、なんだ、ただの枯れススキだったのか!」という、ちょっと拍子抜けするような状況が目に浮かぶかもしれません。

この記事では、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の意味や由来、使い方、そして関連する表現について、分かりやすく解説していきます。この言葉が示す、恐怖心と現実の関係について探ってみましょう。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の意味 – 意外とつまらない真相

この言葉は、幽霊だと思って怖がっていたものの正体をよくよく見てみると、なんだ、風に揺れる枯れたススキの穂(枯れ尾花)だったのか、という意味です。

「枯れ尾花」とは、枯れたススキの穂のこと。「尾花(おばな)」はススキの穂の別名です。
暗闇などで恐ろしいものに見えたものが、実はありふれた、取るに足らないものであった、という状況を表します。

そして、転じて、恐ろしいものや疑わしいものだと思っていたことの真相は、つきとめてみれば案外つまらないものであることが多い、という意味で使われます。
多くの場合、恐れや疑いは、自分の心が勝手に作り出しているものであるという含みを持っています。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の語源 – 幽霊の正体?

この言葉の元とされるのは、江戸時代の俳人・横井也有よこいやゆうの俳文集『鶉衣(うずらごろも)』に収められた「化ものゝ正体見たり枯尾花」という句です。
「化け物(幽霊やお化け)だと思っていたものの正体をよく見たら、枯れすすきだった」という意味ですね。

昔の暗い夜道では、風に揺れる白い枯れすすきの穂が、人魂や幽霊のように見えて、人々を怖がらせることがあったのでしょう。
しかし、冷静に正体を確認すれば、それは自然の風景の一部に過ぎません。
この具体的な情景と、そこから得られる「恐怖心は思い込みから生まれることが多い」という教訓が結びつき、広く使われるようになりました。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」が使われる場面と例文

文字通り、幽霊やお化けと勘違いしたものが、実は何でもないものだったという場面で使われます。
また、比喩的に、過剰に恐れたり、疑ったり、大げさに騒いだりしていたことの真相が、拍子抜けするほど平凡でつまらないものだと分かった時にも用いられます。

  • 勘違いや見間違い:暗闇で何かを怖いものと見間違えたが、正体が分かって安心した時。
  • 過剰な心配の解消:何か大変なことが起こるのではないかと心配していたが、実際には杞憂(きゆう)だったと分かった時。
  • 噂やデマの真相解明:大げさな噂やデマに惑わされていたが、事実を確認したら取るに足らないことだったと判明した時。

例文

  • 「物置から聞こえた音におびえていたが、ただのネズミだった。まさに幽霊の正体見たり枯れ尾花だ。」
  • 「ネットで大炎上していた件も、よくよく調べたら一部の人の勘違いが原因だったらしい。幽霊の正体見たり枯れ尾花だね。」
  • 「あれだけ心配していた試験の結果、意外と良くて安心した。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはこのことか。」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の類義語・言い換え表現

恐れや疑いが、実は取るに足らないものだった、という状況に関連する言葉があります。

  • 案ずるより産むが易し:心配していたことも、実際にやってみると案外たやすくできるものだということ。恐れていた状況が、実際はそうでもなかった点で共通する。
  • 疑心暗鬼を生ず:疑う心があると、何でもないことまで恐ろしく感じられたり、怪しく思えたりすること。恐れの原因が自分の心にある点で関連が深い。
  • 杯中の蛇影(はいちゅうのだえい):杯に映った蛇の影を本物の蛇と思い込んで病気になる故事から、疑心暗鬼から病気になること。無用な心配。
  • 拍子抜けする:張りつめていた気持ちが、予想外の展開で急にゆるむこと。期待や恐れが外れた状況。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の対義語

物事が見かけ通りであったり、想像以上のものであったりする状況を示す言葉が対照的です。

  • 期待通り:予想したり、期待したりした通りであること。
  • 想像以上:考えていたよりも、はるかに程度が大きいさま。
  • 本物:偽物やまがい物ではない、本来のもの。見かけ倒しでないこと。
  • 名は体を表す:名前はそのものの実体や性質をよく表しているということ。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の英語での類似表現

英語で「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の「恐れていたが、実はつまらないものだった」「大騒ぎするほどのことではなかった」というニュアンスに近い表現があります。

  • Much ado about nothing.
    意味:何でもないことについての、から騒ぎ。シェイクスピアの戯曲のタイトルとしても有名。
  • Fear has magnifying eyes.
    意味:恐怖は目を拡大させる(物事を大げさに見せる)。恐れの心理を表す。
  • Things are seldom what they seem.
    意味:物事は、見かけ通りであることはめったにない。真相が意外なものであることを示す。
  • It was just a false alarm.
    意味:それはただの誤報(偽の警報)だった。心配したが、結局何もなかった状況。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」を使う上での注意点

この言葉は、恐れたり疑ったりしていた対象が「つまらないものだった」「勘違いだった」と結論づけるニュアンスを含みます。

そのため、誰かが真剣に心配したり、恐れたりしている最中にこの言葉を使うと、相手の気持ちを軽んじている、あるいは「あなたの恐怖はただの勘違いだ」と決めつけているように聞こえ、不快感を与える可能性があります。

状況が解決した後や、自分自身の経験として語る場合、あるいは客観的な事実として述べる際に使うのが適切でしょう。

まとめ – 恐れの正体

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」は、幽霊かと思って恐れていたものが、よく見ればただの枯れススキだったという情景から、恐れや疑いの対象の真相は案外つまらないものであることが多い、と教えてくれる言葉です。

この句は、私たちの恐怖心や疑念が、しばしば思い込みや勘違いによって増幅されることを示唆しています。
物事を冷静に、注意深く観察すれば、恐れの多くは消え去るのかもしれません。
パニックにならず、落ち着いて物事の本質を見極めることの大切さを、この風流な言葉は伝えています。

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