「いざ!」という、何かを決意し、行動を起こそうとする時の掛け声。
そして「鎌倉」は、かつて武家政権の中心地であった歴史的な地名です。この二つが組み合わさった「いざ鎌倉」という言葉には、どこか勇ましく、奮い立つような響きがありますね。
この言葉は、単に地名を指すのではなく、ある特別な状況における強い決意や行動力を示す慣用句として使われます。
今回は、「いざ鎌倉」の意味とその由来となった物語、使い方について見ていきましょう。
「いざ鎌倉」の意味・教訓
「いざ鎌倉」とは、国や主君、あるいは所属する組織などの重大な事態が発生した場合、あるいは自分にとっての一大事が起きた時に、ためらわずに駆けつけ、事にあたることを意味します。
また、広く「いざという時」「ここぞという時」には、個人的な利害やためらいを捨て、思い切って行動するという決意や気概(きがい)を示す言葉としても使われます。
この言葉には、自分の義務や役割を果たすために、困難を恐れず勇んで行動する、という潔(いさぎよ)い精神性が込められています。
「いざ鎌倉」の語源・由来 – 謡曲『鉢木』より
この言葉の最も有力な由来は、謡曲(=能の脚本)の『鉢木』という有名な物語にあります。
物語では、貧しいながらも誇り高い武士・佐野源左衛門常世が、旅の僧に身をやつした鎌倉幕府の執権・北条時頼を、大切にしていた鉢植えの木を薪(たきぎ)にしてまでもてなします。
その際、常世は「今は落ちぶれていても、いざ鎌倉(=幕府に一大事があった時)となれば、この古い武具で真っ先に駆けつけ、お役に立つ覚悟です」と、武士としての忠義心(ちゅうぎしん)を語ります。
後に、常世のその言葉と真心を知った時頼は深く感銘を受け、彼に褒美を与えました。
この物語における常世の力強いセリフから、「いざ鎌倉」は、いざという時にためらわず、覚悟を持って行動する心意気を示す言葉として広まったのです。
「いざ鎌倉」が使われる場面と例文
この慣用句は、現代では、国や組織の危機といった大きな事態だけでなく、個人的な重要な局面や、決意を示す際にも使われます。ただし、やや古風で芝居がかった響きも持つため、日常会話で頻繁に使われるというよりは、改まった場面や、強い意気込みを表現したい時に用いられることが多いでしょう。
- 会社やチームなどの組織が危機的な状況に陥り、メンバーが一丸となって対応する時
- 社会的な問題や災害などが発生し、ボランティアなどが支援に駆けつける時
- 個人的な目標達成や困難克服のために、覚悟を決めて行動を起こす時
例文
- 会社が経営危機に陥った時、彼は「いざ鎌倉だ!」とばかりに、再建のために私財を投げ打った。
- 災害発生のニュースを聞き、彼は「いざ鎌倉」と、ボランティアとして現地へ向かうことを決意した。
- このプロジェクトの成否が、今後のキャリアを左右する。「いざ鎌倉」の覚悟で臨むしかない。
「いざ鎌倉」の類義語・関連語
「いざという時」の行動力や決意を示す、似た意味を持つ言葉や関連する表現です。
- いざという時 / ここぞという時:まさに重大な事態が起こった時、決定的な場面、正念場。
- 馳せ参じる(はせさんじる):(主君などのもとへ)急いで駆けつけて参上すること。『鉢木』の常世の行動。
- 勇往邁進(ゆうおうまいしん):目標に向かって、勇気を持ってためらわずに突き進むこと。
- 率先垂範(そっせんすいはん):人の先に立って行動し、模範を示すこと。
- 決意 / 覚悟:困難に立ち向かう固い意志。
- 忠義:主君や国家に対して真心を尽くして仕えること。『鉢木』のテーマの一つ。
- 非常時 / 緊急事態:普段とは異なる、重大な事態。
「いざ鎌倉」の対義語
「いざ鎌倉」が示す、ためらわず行動する姿勢とは反対の、ためらいや逃避、傍観などを表す言葉です。
- 逡巡(しゅんじゅん):決断できずに、ためらうこと。しりごみすること。
- 躊躇(ちゅうちょ):あれこれ迷って、なかなか決心がつかないこと。
- 逃げ腰(にげごし):困難な物事から逃げようとする、消極的な態度。
- 日和見(ひよりみ):有利な方につこうと、事の成り行きをうかがっている態度。主体的な行動を避けるさま。
- 拱手傍観(きょうしゅぼうかん):腕を組んで何もしないで、ただそばで見ていること。
これらの言葉は、「いざ鎌倉」の持つ「決断力」「行動力」「当事者意識」とは対照的な態度を表します。
「いざ鎌倉」の英語での類似表現
英語で「いざ鎌倉」のニュアンスに近い表現を探してみましょう。「いざという時」「やるべき時」の行動を示す言い回しがあります。
- When duty calls.
- 意味:「義務が呼ぶ時」。責任や義務を果たすべき時が来た、という意味。「いざ鎌倉」の、公(おおやけ)のために行動するニュアンスに近い。
- Rise to the occasion.
- 意味:「その場(難局)に合わせて立ち上がる」。困難な状況や重要な場面にうまく対処する、いざという時に実力を発揮する。
- Answer the call (to arms).
- 意味:「(武器を取れという)呼びかけに応じる」。非常事態や招集に応じて行動を起こす、という意味。より軍事的な響きを持つ。
- When the chips are down.
- 意味:「(ポーカーで)チップがテーブルに積まれた時」から転じて、いざという時、正念場、土壇場。そのような状況での行動を示唆する。
まとめ – いざという時の心意気
「いざ鎌倉」は、謡曲『鉢木』の物語に由来し、「いざという時には、ためらわずに駆けつけて義務を果たす」という、強い決意と行動力を示す慣用句です。
そこには、私利私欲を超えた忠義心や、公のために尽くすという武士道の精神が込められています。
現代社会においても、私たちは様々な「いざという時」に直面します。
それは組織の危機かもしれませんし、社会的な問題、あるいは個人的な困難かもしれません。
そんな時、この「いざ鎌倉」という言葉は、私たちに困難から逃げずに立ち向かう覚悟や、やるべきことを断固として行う勇気を与えてくれる力強いメッセージを持っていると言えるでしょう。
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