意味・教訓
「隣の花は赤い」とは、他人のものは何でも良く見える、うらやましく感じるという人間の心理を表すことわざです。
自分の持っているものよりも、他人が持っているものの方が価値があるように感じてしまう傾向を、庭に咲く花に例えています。
このことわざには、人の欲深さや、ないものねだりをしてしまう心理への戒めが込められています。
語源・由来
正確な語源や初出は不明ですが、人が他人をうらやむ感情は普遍的なものであり、古くから多くの文化圏で同様の表現が存在します。
「隣の花は赤い」も、そうした人間の心理を、身近な風景にたとえて表現した言葉として、自然発生的に生まれたと考えられます。
赤い花は、一般的に美しいものの象徴として認識されていたことが背景にあると推測されます。
使用される場面と例文
「隣の花は赤い」は、他人の持ち物や境遇をうらやましく思う気持ちを表す時、またはそのような気持ちを持つ人をたしなめる時に使われます。
例文
- 「新しいスマホを買ったのに、友達の機種の方が良く見えてしまう。隣の花は赤いって言うけど、まさにその通りだ。」
- 「Aさんは、自分の彼氏より、私の彼氏の方がかっこいいって言うけど、隣の花は赤いだけじゃないの?」
- 「あの会社は給料が高いらしい。隣の花は赤いとは言うけれど、やっぱり気になるな。」
文学作品等での使用例
芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』の中で、極楽に咲く蓮の花と、地獄の血の池にいる亡者たちの描写が、「隣の花は赤い」の心理状態と重なる部分があります。
極楽ももう午(ひる)に近くなったのでございましょう、ふと見ますと、血の池の底から、蓮(はちす)の葉を伝って、するすると登って来るものがあります。(中略)あの雲の糸を伝って、極楽へまでも登って行く事が出来れば、この地獄からぬけ出す事も、きっと出来るに相違ございません。
類義語
- 隣の芝生は青い:他人のものは何でもよく見えるということ。
- 隣の糂汰味噌は甘い(となりのじんだみそはあまい):他人のものは何でもよく見えるということわざ。
- 隣の宝は数えやすい:他人のものはよく見えることのたとえ。
- 人の花は赤い:他人のものは自分のものよりよく見えること。
関連語
- 無い物強請り(ないものねだり):自分が持っていないものを欲しがること。
- 岡惚れ(おかぼれ):他人の妻や恋人に横恋慕すること。
関連する心理学の概念
- 社会的比較理論: 人は、自分の能力や意見を評価するために、他人と比較する傾向があるという理論。
- 認知的不協和: 自分の考えや行動に矛盾があるときに感じる不快感。
対義語
- 人皆盗人と思う(ひとみなぬすびととおもう):自分のものが失くなると、誰もが怪しく見えてくる。
(他人をうらやむのではなく、疑う心理を表している点で対照的です。)
英語表現(類似の表現)
- The grass is always greener on the other side of the fence.
直訳:フェンスの向こう側の芝生はいつも青い。
意味:他人のものは良く見えるということ。 - The apples on the other side of the wall are the sweetest.
直訳:壁の向こう側のリンゴは一番甘い。
意味:他人のものは良く見える、手に入らないものは魅力的に見えるということ。 - Forbidden fruit is the sweetest.
直訳:禁断の果実は最も甘い。
意味:手に入らないものほど欲しくなる。
使用上の注意点
「隣の花は赤い」は、時に、相手の現状を十分に理解せずに、表面的な部分だけを見てうらやんでいる場合に使われることがあります。
このことわざを使う際は、相手の気持ちを害さないように、配慮が必要です。
まとめ
「隣の花は赤い」ということわざは、他人のものがよく見えてしまう人間の心理を、花にたとえて表現したものです。
この言葉には、自分の持っているものに満足せず、他人と比べてばかりいることへの戒めが込められています。
もし「隣の花は赤い」と感じたときは、このことわざを思い出し、自分自身の内面を見つめ直すことが大切です。
自分が持っている「花」の美しさにも、しっかり目を向けたいものですね。
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