意味
「昔取った杵柄」とは、若い頃に鍛錬して身につけた技術や知識は、年をとっても衰えず、いざという時、つまり、ブランクがあっても、困難な状況に直面しても、役立つという意味のことわざです。
「杵柄(きねづか)」とは、餅つきに使う杵(きね)の柄(え)の部分を指し、そこから転じて、職業や技術を意味するようになりました。
長年培ってきた経験や技能は、簡単に失われるものではないという、励ましの意味も込められています。
語源・由来
「昔取った杵柄」の「杵柄」は、前述の通り、杵の柄のことです。
餅つきは、杵を力強く、かつ正確に振り下ろす必要があるため、熟練の技が必要とされます。
若い頃に餅つきで鍛えた腕前は、年をとっても体が覚えていることから、このことわざが生まれたと考えられます。
江戸時代にはすでに使われていたとされています。
使用される場面と例文
「昔取った杵柄」は、主に、長いブランクを経ても、過去の経験や技能が活かせる場面で使われます。
高齢者が活躍する場面で使われることが多いですが、若い人に対しても、過去の経験を活かすように促す文脈で使うことができます。
例文
- 定年退職後、ボランティアで子供たちに野球を教えている。「昔取った杵柄」で、まだまだ体は動くよ。
- 久しぶりにピアノを弾いたが、「昔取った杵柄」で、意外と弾けた。
- 祖母は、「昔取った杵柄」で、編み物の腕前はプロ級だ。
文学作品等での使用例
夏目漱石の小説『吾輩は猫である』より
「何でも昔取った杵柄と見えて、なかなか堂に入ったものだ。」
これは、猫の視点から人間社会を描いた作品で、登場人物の老人が、久しぶりに碁を打つ場面での一節です。
老人の腕前が衰えていないことを、「昔取った杵柄」という言葉で表現しています。
類義語
- 老いても朽ちぬ:年をとっても、その人の価値や能力は衰えないということ。
- 老蚌生珠(ろうぼうしょうしゅ):老いた貝が真珠を生むことから、老いてもなお優れたものを生み出すこと。
- 老い木に花咲く:老いて衰えた木にも花が咲くように、盛りを過ぎた人が再び勢いを取り戻すこと。
- 腐っても鯛:腐っても鯛は鯛。価値のあるものは、多少状態が悪くなっても、その価値を失わないということ。
関連する心理学の概念
- 熟練技能:
長年の訓練や経験によって習得され、無意識的に、かつ正確に遂行できる技能のことです。
「昔取った杵柄」は、この熟練技能が、容易には失われないことを示しています。
対義語
経験や技能が、時間の経過とともに衰えることを示す言葉は多くありません。
あえて挙げるなら、以下のような表現があります。
- 年寄りの冷や水:老人が、年齢に不相応な行動をすること。
- 昔千里も今一里: 若い頃は千里を駆ける馬のように元気でも、年を取ると一里も進めない、という意味。
- 麒麟も老いては駑馬に劣る(きりんもおいてはどばにおとる): どんなに優れた才能を持つ者でも、年老いて衰えれば、能力の劣る者にも劣るようになるということ。
英語表現(類似の表現)
- Old habits die hard.
直訳:古い習慣はなかなか死なない。
意味:長年培った習慣や技能は、簡単には失われない。 - Once a ~, always a ~.
意味:(職業など)一度経験したことは、ずっと忘れない。
(例:Once a soldier, always a soldier.(一度軍人になった者は、いつまでも軍人だ。)) - You can’t teach an old dog new tricks.
直訳:老犬に新しい芸を教えることはできない。
意味:年を取ると新しいことを覚えるのが難しくなる。(「昔取った杵柄」とは逆の意味) - A leopard cannot change its spots.
直訳:ヒョウは斑点を変えられない。
意味:人の性質は容易には変わらない。
(「昔取った杵柄」が示す「技能の不変性」に通じる部分があります。)
使用上の注意点
「昔取った杵柄」は、過去の栄光を自慢するようなニュアンスで使われることもあります。
また、「今はもう当時ほどの力はないかもしれない」という謙虚さを忘れると、現在の能力を過大評価していると受け取られる可能性もあるため、注意が必要です。
まとめ
「昔取った杵柄」は、長年の経験や鍛錬によって培われた技能は、年をとっても衰えないという、心強いことわざです。
この言葉は、私たちに、過去の経験を大切にし、自信を持って新しいことに挑戦する勇気を与えてくれます。
年齢を重ねても、過去に培った「杵柄」を活かして、さまざまな分野で活躍できる可能性があることを、このことわざは教えてくれています。
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