光陰矢の如し

ことわざ
光陰矢の如し(こういんやのごとし)

9文字の言葉こ・ご」から始まる言葉
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「光陰矢の如し」の意味・語源・由来

意味

光陰矢の如しとは、月日が経つのは、矢が飛ぶようにあっという間である、という意味のことわざです。
時間の流れの速さを、弓から放たれた矢に例えた表現です。

「光陰」は、月日や時間のこと。「光」は日、「陰」は月の意味を表します。
時間の大切さを説き、無駄に過ごすことのないように、という戒めの意味も込められています。

語源・由来

「光陰矢の如し」の直接的な語源は、はっきりとしていません。
しかし、中国の古い書物に、同様の表現が見られます。

例えば、
唐の時代の詩人・韋荘(いそう)の詩に「日月(じつげつ)は梭(ひ)の如し」という一節があります。
「梭」とは、機織りに使う道具で、糸を通した杼(ひ)を左右に素早く動かして織り進めます。
この梭の動きを、時間の流れの速さに例えたものです。

また、宋の時代の儒学者・朱熹(しゅき)の言葉にも、「時光(じこう)は箭(や)の如し」という表現があります。

これらの表現が日本に伝わり、「光陰矢の如し」という形になったと考えられます。

「光陰矢の如し」の使い方(例文)

  • 光陰矢の如し。一日一日を無駄にしないように、目標に向かって努力しよう。
  • 光陰矢の如しと言うから、時間を大切に過ごしたい。
  • 学生時代はあっという間に過ぎてしまった。まさに、光陰矢の如し、だ。
  • 年を取ると、時間が経つのが早く感じる。光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。
  • 「光陰矢の如し」を実感する年齢になった。

「光陰矢の如し」の文学作品などの用例

このことわざは、時間の流れの速さや、人生の儚さを表現する際に、文学作品や詩歌などでよく用いられます。

  • 『徒然草』(吉田兼好)
    兼好法師は、随筆『徒然草』の中で、人生の無常観や時間の大切さについて述べています。「光陰矢の如し」という言葉そのものは使われていませんが、その思想は共通しています。
  • 俳句
    俳句では、季節の移り変わりや、人生の節目などに、「光陰矢の如し」を連想させる表現が用いられることがあります。

「光陰矢の如し」の類義語

  • 歳月人を待たず(さいげつひとをまたず):時間は人の都合に関係なく過ぎていくので、時間を無駄にしてはいけない。
  • 時は金なり(ときはかねなり):時間はお金と同じくらい貴重なものである。
  • 一刻千金(いっこくせんきん):わずかな時間も千金にも値するほど貴重である

「光陰矢の如し」の対義語

このことわざに明確な対義語はありませんが、「時間がゆっくりと過ぎること」を表す言葉は、対照的な意味合いを持つと言えます。

  • 一日千秋(いちじつせんしゅう):一日が千年に感じられるほど、待ち焦がれる気持ちが強いこと。
  • 度日(どじつ):時間をもてあますこと。

使用上の注意点

「光陰矢の如し」は、時間の大切さを説くことわざですが、「常に時間に追われて生きるべきだ」という意味ではありません。
時間を有効に使いながらも、時にはゆったりと過ごすことも大切です。

「光陰矢の如し」の英語表現

Time flies (like an arrow).

時は(矢のように)飛ぶ。 「光陰矢の如し」に相当する、英語のことわざです。

例文:
We’re already halfway through the year. Time flies!
(もう今年が半分終わったなんて。光陰矢の如しだね!)

Time and tide wait for no man.

歳月人を待たず。 直訳すると「時間と潮の流れは誰も待ってくれない」という意味です。

例文:
Let’s start a business soon. Time and tide wait for no man.
(すぐに起業しよう。光陰矢の如し[歳月人を待たず]だ。)

まとめ

「光陰矢の如し」は、月日が経つのは矢のように速い、という意味のことわざです。
時間の大切さを説き、無駄に過ごさないようにという戒めを込めた言葉として、広く使われています。
この言葉を胸に刻み、一日一日を大切に過ごしたいものです。

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