袖振り合うも多生の縁

ことわざ
袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)
異形:袖触れ合うも多生の縁

14文字の言葉そ・ぞ」から始まる言葉
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意味

「袖振り合うも多生の縁」とは、道行く人と袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、前世からの深い因縁によるものだという意味です。
人と人との出会いは偶然ではなく、すべて深い縁によって結ばれているという仏教的な考え方を表しています。
ささいな出会いであっても大切にすべきだという教え、また、縁の不思議さを感じさせる言葉です。

よくある間違い

「袖触れあうも多生の縁」や「袖振り合うも多少の縁」と書かれたり読まれたりすることがありますが、これは誤りです。

正しくは「袖振り合うも多生の縁」です。
「多少」は「多い・少ない」という意味ですが、
「多生」は仏教用語で「何度も生まれ変わる」という意味です。

この間違いは、音が似ているために起こりやすいと考えられますが、意味が全く異なるので注意しましょう。

語源・由来

このことわざは、仏教の「多生(たしょう)」という言葉に由来します。
「多生」とは、何度も生まれ変わることを意味する仏教用語(輪廻転生)です。

仏教では、現世での出会いは、過去世(前世)からの深い縁によって定められていると考えられています。
そのため、道端で人と袖が触れ合うような一見偶然の出来事も、実は深い因縁によるものだ、と解釈されるようになりました。

正確な初出は不明ですが、鎌倉時代以降に広まったと考えられています。
仏教説話や、それを基にした物語などを通じて、人々に浸透していったのでしょう。

使用される場面と例文

「袖振り合うも多生の縁」は、日常の何気ない出会いから、運命的な出会いまで、人と人との縁について語る際に幅広く使われます。

例文

  • 「道で困っていたおばあさんを助けたら、後日、その方が有名な会社の会長夫人だとわかった。袖振り合うも多生の縁とは、このことだ。」
  • 「旅先で偶然出会った人と意気投合し、生涯の親友となった。袖振り合うも多生の縁を感じる。」
  • 「このプロジェクトであなたとチームを組むことになったのも、きっと何かのご縁でしょう。袖振り合うも多生の縁、一緒に頑張りましょう。」
  • 「今日、このセミナーで皆様にお会いできたのも、袖振り合うも多生の縁
    この出会いを大切にしたいと思います。」

注意! 避けるべき使い方

  • 袖振り合うも多生の縁と言うから、この人に何でも話しても大丈夫」
    (✕ 初対面の人をすぐに信用しすぎるのは危険)
    ※ 出会いを大切にすることは重要ですが、相手をよく知らないうちから全てをさらけ出すのは慎重になるべきです。

類義語

  • 一期一会(いちごいちえ):
    茶道に由来する言葉。
    一生に一度だけの出会いかもしれないという思いを込めて、その瞬間を大切にすること。
    「袖振り合うも多生の縁」が、過去世からの因縁を強調するのに対し、「一期一会」は、その瞬間の出会いの貴重さを強調します。
  • 縁は異なもの味なもの(えんはいなものあじなもの):
    男女の縁はどこでどう結ばれるか分からない不思議で面白いものだ、という意味。
    主に男女の縁について使われます。
  • 合縁奇縁(あいえんきえん):
    人と人との不思議なめぐり合わせのこと。

関連するの概念

  • セレンディピティ: 偶然の幸運な出会いや発見のこと。
    「袖振り合うも多生の縁」が、出会いの背景にある深い因縁を強調するのに対し、セレンディピティは、偶然の出会いから生まれる予期せぬ幸運に焦点を当てています。

対義語

直接的な対義語はありませんが、以下のような表現が対照的な意味合いを持ちます。

  • 行きずりの人
    たまたま道で出会っただけの、関係のない人。
    「袖振り合うも多生の縁」とは対照的に、出会いに特別な意味を見出さない表現です。
  • 無縁
    関係がないこと。縁がないこと。

使用上の注意点

「袖振り合うも多生の縁」は、すべての出会いを運命的なものとして捉える考え方ですが、現代社会においては、この言葉を鵜呑みにしすぎるのは危険な場合もあります。
見知らぬ人に親切にすることは大切ですが、相手をよく見極め、警戒心を持つことも忘れてはいけません。
特に、見知らぬ人から個人的な情報を求められたり、不審な誘いを受けたりした場合は、慎重に対応する必要があります。

英語表現(類似の表現)

Every encounter is a karmic connection.

直訳:すべての出会いはカルマ的なつながりです。
意味:「袖振り合うも多生の縁」の仏教的な背景を踏まえた、近い意味の表現です。

例文:
I believe that every encounter is a karmic connection, so I try to treat everyone with kindness and respect.
(私は、すべての出会いはカルマ的なつながりだと信じているので、すべての人に優しさと敬意を持って接するようにしています。)

We meet people for a reason.

直訳:私たちが出会う人々には理由がある。
意味:どんな出会いにも意味がある、という考え方を示す表現です。
より一般的な言い方です。

例文:
I truly believe we meet people for a reason, whether it’s for a lesson or a blessing.
(私は、私たちが人々に出会うのは、教訓のためであれ、祝福のためであれ、本当に理由があると信じています。)

まとめ

「袖振り合うも多生の縁」は、日常のささいな出会いも、実は前世からの深い因縁によるものだ、という意味のことわざです。
仏教の輪廻転生思想に由来し、すべての出会いを大切にすべきだという教えを含んでいます。
このことわざは、人と人とのつながりの不思議さを感じさせ、日々の出会いに感謝する気持ちを呼び起こしてくれます。
しかし、現代社会では、この言葉を文字通りに受け取るのではなく、出会いを大切にしつつも、相手をよく見極める慎重さも必要です。

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