意味
「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは、大きな集団や組織の末端にいるよりも、たとえ小さくても良いから、集団や組織の長(おさ)になるほうが良いという意味です。
由来・語源
このことわざは、中国の歴史書『史記』の「蘇秦列伝(そしんれつでん)」が出典です。
戦国時代、各国を説得して回った戦略家(縦横家(じゅうおうか)と呼ばれます)の蘇秦(そしん)が、韓(かん)の宣恵王(せんけいおう)に語った言葉に由来します。
当時、強大な秦(しん)が勢力を広げており、韓は秦に従属(属国になること)しようとしていました。
それを聞いた蘇秦は、韓王に対し、次のように説得しました。
「私が聞いた話では、田舎のことわざに『鶏口と為るも、牛後と為ること無かれ(鶏の口になることがあっても、牛の尻になるな)』というものがあります。
今、王様が西を向いて(西にある)秦に仕えるというのは、まさにこのことわざの牛後になるようなものです。」
蘇秦は、「たとえ小さくても鶏の口(くちばし、つまり頭)になる方が、大きな牛の尻(しり)になるよりも良い」と、韓王に独立を促したのです。
つまり、「大きな国の一部になるより、小さくても独立国としての誇りを持つべきだ」と説いたのです。
この説得により、韓王は秦への従属を思いとどまり、一時的に独立を保つことができました。
使用される場面と例文
「鶏口となるも牛後となるなかれ」は、主に以下のような場面で使用されます。
- 独立や起業を考えている人を励ます時
- 組織内でのキャリアパスについて考える時
- リーダーシップの重要性について語る時
例文
- 「大企業で平社員として働くよりも、小さな会社でも社長になる方がやりがいがあるかもしれない。
鶏口となるも牛後となるなかれ、というしね。」 - 「彼は大企業を辞めて独立した。
鶏口となるも牛後となるなかれ、という考え方なのだろう。」 - 「出世競争に疲れたよ。
いっそ、地方で小さな店でも開こうかな。
鶏口となるも牛後となるなかれ、とも言うし。」 - 「あのベンチャー企業の社長は、まさに鶏口となるも牛後となるなかれを体現している。」
- 「部活動を選ぶ時も、強豪校で補欠になるより、弱小校でもレギュラーになる方が良い。
鶏口牛後だ。」
文学作品での使用例:
「…どうせなら、田舎へ行って、鶏口となるも牛後となるなかれで、幅を利かして、生徒をいじめたり、…」
夏目漱石『坊っちゃん』より
これは、坊っちゃんが田舎の中学校に赴任した際に、都会での生活よりも、田舎で一番になることを選んだことの例えです。
類義語
- 鯛の尾より鰯の頭(たいのおよりいわしのかしら):大きな鯛の尾よりも、小さくても鰯の頭の方が良いという意味。
「鶏口牛後」とほぼ同じ意味で使われますが、鯛と鰯の格の違い(高級魚と大衆魚)が、組織の格差をより強調するニュアンスがあります。 - 大鳥の尾より小鳥の頭:大きな鳥の尾よりも、小さな鳥の頭の方が良いという意味。
これも「鶏口牛後」と似た意味ですが、「大鳥」と「小鳥」の対比は、規模の大小をより視覚的にイメージさせます。
関連する概念・心理
- 独立自尊:他人に頼らず、自分の力で物事を行うこと。
- 自己実現欲求:自分の能力や可能性を最大限に発揮したいという欲求。
対義語
「鶏口となるも牛後となるなかれ」の対義語は、明確なものは存在しませんが、以下のような表現が対照的な意味合いを持ちます。
使用上の注意点
このことわざは、必ずしも「大きいことは悪いこと」「小さいことは良いこと」と単純に二分するものではありません。
組織の大きさや役割、個人の価値観や能力によって、どちらが良いかは異なります。
現代においては、スタートアップ企業でスピード感を持って働くか、大企業で安定したキャリアを築くか、あるいは、専門性を極めてスペシャリストになるか、幅広い知識を持つゼネラリストを目指すかなど、多様な選択肢があります。
大切なのは、自分自身の置かれた状況を客観的に判断し、最も自分らしく活躍できる道を選ぶこと。
必ずしも独立や起業が最善の道とは限りません。組織の中で貢献することや、専門性を追求することも、価値ある選択肢です。 バランスの取れた視点を持つことが重要です。
英語表現(類似の表現)
Better be the head of a dog than the tail of a lion.
直訳:ライオンの尻尾になるより、犬の頭になる方が良い。
意味:大きな組織の末端にいるよりも、小さな組織でもリーダーになる方が良い。
例文:
He quit his job at a big corporation to start his own business. He believed it’s better to be the head of a dog than the tail of a lion.
(彼は大企業を辞めて自分の会社を始めた。
彼は、ライオンの尻尾になるより犬の頭になる方が良いと信じていた。)
Better be a big fish in a small pond than a small fish in a big pond.
直訳:大きな池の小さな魚より、小さな池の大きな魚の方が良い
意味:大きな組織の末端にいるよりも、小さな組織でもリーダーになる方が良い。
例文:
She preferred working for a small company where she could have more responsibility. She felt it’s better to be a big fish in a small pond than a small fish in a big pond.
(彼女は、より責任のある仕事ができる小さな会社で働くことを好んだ。
彼女は、大きな池の小さな魚より、小さな池の大きな魚の方が良いと感じていた。)
まとめ
「鶏口となるも牛後となるなかれ」は、大きな組織の末端にいるよりも、小さな組織でもリーダーになる方が良いという意味のことわざです。
中国の歴史書『史記』に由来し、独立心やリーダーシップの重要性を示唆しています。
最も重要なのは、自分の価値観や能力に合った道を選ぶことです。
大きな組織で力を発揮できる人もいれば、小さな組織でリーダーシップを発揮できる人もいます。
どちらが良い・悪いではなく、自分にとって最良の選択をすることが大切です。
現代の多様なキャリアパスの中で、このことわざが示唆する「自分らしい生き方」を見つけるヒントになれば幸いです。
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